松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

古川昌明さん

第11回 眞壁潔さん

2000年、僕はスイス一部リーグのドレモンというクラブでプレーをしていました。ところがドレモンは二部リーグに降格。スイス一部リーグの他のクラブからのオファーを検討しながら、シーズン終了後、一時帰国しました。

その時、ゾノ(前園真聖)から、湘南ベルマーレから誘われているのだけれど悩んでいるという連絡を受けました。当時ベルマーレの監督は加藤久さんでした。「いい話だと思うよ」と僕は答えました。

ゾノはベルマーレと契約すると、僕を一緒にやらないかと誘いました。とりあえず身体を動かしたいと、僕はベルマーレの練習に参加することにしました。練習をしている間に、久さんから誘われて、この年湘南ベルマーレでプレーするようになったのです。

当時、ベルマーレは現場とフロントの連絡が緊密とはいえない状況でした。現場の状況を見ると疑問符が付く外国人選手の獲得もありました。

その間で必死に立ち回っていたのが、現在湘南ベルマーレ社長の眞壁潔さんです。

当時の眞壁さんは、「もっとチームを強くしたいが、資金が足りない」「地域から愛される魅力あるクラブを作りたい」と話していたことを覚えています。

選手というのは、どのように自分のことを評価してくれるのかということに敏感です。眞壁さんは、選手経験はないのですが、僕たち選手のことを親身になって考えてくれました。選手をチームの“部品”ではなく、一人の人間として付き合ってくれていることを僕は感じていたのです。

フロントと現場はクラブチームの両輪です。ただ、それが上手く回っていくのは現実には難しい…。

そのことを静岡FCの監督をしている時に痛いほど分かりました。

また、資金が潤沢ではないクラブでは、自分が残って欲しい選手と条件が折り合わないこともあります。そうした選手を引き留める時、眞壁さんは苦労していたんだなと、振り返ったものでした。

さて。

その眞壁さんが社長を務める湘南ベルマーレはJリーグの中でも少々変わった存在です。

2002年には総合スポーツクラブとして特定非営利活動法人(いわゆるNPO法人)湘南ベルマーレスポーツクラブを設立。また、フットサルクラブ、ビーチバレーボールとトライアスロンのチームも併設し、今後はソフトボールチームも加わるそうです。2006年には、日系ベルマーレ(CLUB NIKKEI BELLMARE)と言うチームを設立しています。

現在J2のベルマーレは、J1への昇格争いでは出遅れています。ただ、地域密着そしてユニークなクラブ運営という意味で光を放っていることは間違いないでしょう。こうしたことは、眞壁さんが以前から話されていたことでした。それが実現していることを、自分のことのように嬉しく思っているのです。

先日、テレビの解説で湘南ベルマーレの試合を訪れたとき、眞壁さんと再会しました。久しぶりでしたが、昔と同じ笑顔を見ることができて一気に時間が逆戻りしたような錯覚に陥りました。

いつの日かまた、一緒に仕事をできれば…眞壁さんの顔を見ながら思ったのでした。

2007年11月


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