松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

中田英寿さん

第17回 中田英寿さん

2008年になりました。今年も宜しくお願いします。

今年の一回目は、ヒデこと中田英寿の話をしましょう。

ヒデとの出会いは、今から10年以上前のことです。アジア予選を戦っていた五輪代表に後から加わったのです。

初めていっしょに練習した時、すぐに能力の高さを感じました。

当時からヒデは、周りの選手の動きを把握し、正確にパスを出すことが出来る選手でした。年が2つほど下なので、身体はまだ細かったのですが、それを除けば、ヒデは五輪代表の中でもずば抜けた存在でした。

ヒデはすぐに結果を残して、五輪代表に定着したのです。

ある遠征の時、僕と城が同じ部屋、隣の部屋に、ヤナギ(柳沢敦)とヒデだったことがありました。僕は良くヒデたちの部屋に入って話をしました。

ふと、ヒデの机の上を見ると、本が積み重ねてあったのです。

「これ、なに?」

僕がヒデに尋ねると、「イタリア語の本(学習書)です」と答えました。当時は、何だよ、ここまで来て勉強しなくてもいいだろうと冗談まじりに言ったものです。

さて。

先日、ヒデと久しぶりに会いました。昨年末にリオ・デ・ジャネイロで行われるジーコのチャリティマッチに出場するので、身体を動かしたい。一緒に練習をしてくれないかというのです。

彼と会うのは、6、7年ぶりでしょうか。間近で見ると、身体が昔と比べてずいぶん大きくなっていました。

ブラジル選手が欧州に行くと、パワーで対抗するために、筋肉をつけるといいます。ヒデを見ているとそのことを思い出しました。欧州の舞台で戦うために、厳しいトレーニングで身体を作り上げなければならなかったのでしょう。

練習をしてみると、しばらくトレーニングをしていないというのですが…。

二、三十メートルの強いグラウンダーのパスが出せるのです。低く強いボールを正確に蹴るには、技術と筋力が必要とされます。あんなボールを蹴ることができるのは日本人で彼だけでしょう。引退した今もあれほどのボールを蹴れることに、僕は舌を巻きました。

練習は平日の午前中から始まり、終わりには、カズさん、秋田(豊)さん、井原(正巳)さん、北沢(豪)さん、オグ(小倉隆史)、城(彰二)などが加わり、二組に分かれて試合をしました。

試合は四十五分の前後半。本当に楽しかった。

かつて一緒にやっていた選手たちですが、なかなかみんなで集まれる機会がない。そうした機会をヒデが作ってくれたのです。

家族を連れてきて、一緒に楽しもうと連絡を入れていました。そうした感覚は欧州で長く生活したヒデらしい発想です。

ヒデというのは取っつきにくいという印象を持つ人がいるかもしれません。実際のヒデは、優しい男です。思っていることを口に出すものの、さりげない思いやりもある。

博学で、サッカーのこと、文化のこと、様々なことを知っています。何より勉強家。イタリア語はもちろん英語も話すことができます。

「英語は勉強したほうがいいよ」

という姿に、昔を思い出しました。

サッカーを通じて、沢山の友人が出来たことを改めて感謝しました。ヒデとは、仲間として、サッカー界に貢献できることをやっていきたい…そう思っています。

2008年2月


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