松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

並木磨去光さん

第19回 並木磨去光さん

今回は、ナズーこと、並木磨去光(なみきまさみつ)さんについて話しましょう。

並木さんと初めて会ったのは、僕が高校二年生でユース代表に選ばれた時だったと思います。並木さんはユース代表のトレーナーでした。

当時、並木さんは20代半ば、年も近いこともあって、すぐに仲良くなりました。並木さんはカズさんのことが大好きで、名字をもじって「ナズー」と呼ばれるようになりました。

最初に会った時に感じたのは、やはり代表で働く人は違うということでした。彼の立ち振る舞いには、日本を代表するチームで働いているという自信が感じられました。オリンピック予選、アトランタ五輪、数々の大会で並木さんにはお世話になりました。

マッサージを受けている時は、リラックスする時間でもあります。

マッサージを受けながら、様々な話を聞いたものです。

並木さんは元々野球をやっていたそうです。ただ、歴代の代表監督と仕事をしているので、サッカーについての知識も沢山ありました。

試合の感想、問題点、日々の生活、代表としての心構え……、メンタル面を特に支えてもらいました。

僕だけでなく、高原、俊輔など多くの代表選手が並木さんのことを慕っているのは、そうした信頼関係があるからでしょう。

日本のマッサージの技術の高さを思い知るのは、国外にいる時です。

南米では、マッサージを受ける習慣はありません。彼らの身体はマッサージを受けなくても大丈夫なようでした。日本人である僕は、そうはいかないので、自分で身体をケアしなければなりません。

また、僕がクロアチアでプレーをしている時、マッサージの人間が来てくれるのは、月に一回か二回。日本のレベルから考えれば技術的にも低い。僕は、並木さんに電話をして、細かくやり方を教えてもらったものです。

自主トレの時には、並木さんに帯同してもらいました。

最も感謝しているのは、僕がJリーグのクラブではない、地域リーグでプレーしている時のことです。

当然、並木さんの顧客はJリーガーばかり。しかし、以前と同じように僕の練習に付き合ってくれました。

正直、どうして地域リーグでやっているのだろうと、心が折れそうになる時もありました。そんな時、並木さんは「どんな環境でも、サッカーを辞めずに続けているお前は偉い、すごいよ」と、励ましてくれたのです。

現役引退をした今も、付き合いが続いています。

フェリーチェの子供たちが怪我をした時は、並木さんのところで見てもらっています。また、並木さんから紹介してもらい、代表のドクターに診てもらうこともあります。

僕にとっては、相変わらず公私ともに頼りになる兄貴分なのです。

2008年3月


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