松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

名良橋晃さん

第21回 名良橋晃さん

今回、紹介するのは4月から僕たちのフェリーチェを手伝ってくれることになった、名良橋晃さんです。

名良橋さんはご存じのように、98年のW杯フランス大会にも出場した、元日本代表の名選手です。

Jリーグ開幕以前はフジタで、その後はフジタが名前を変えた平塚ベルマーレでプレーしました。ただ、彼の名前が一般にまで、広く知られるようになったのは、97年に鹿島アントラーズへ移籍してからのことでしょう。

名良橋さんが鹿島への移籍を決断したのは、ジョルジーニョの存在があったからだと聞いています。ブラジル代表としてワールドカップ優勝経験のある、ジョルジーニョのそばでプレーすることで、自分を磨くことができると思ったのでしょう。

ジョルジーニョがボランチ、名良橋さんが右サイドバックだった時代は、鹿島の黄金期でした。99年にジョルジーニョが移籍していった後は、彼の背番号「2」を引き継いだのです。昨年は鹿島から湘南に移籍、シーズン末に引退しました。

名良橋さんとは、試合で対戦したことはあったのですが、親しく話をする機会はありませんでした。昨年、知人を通じて話をする機会がありました。

フェリーチェに所属する選手が増えており、確かな技量を持っている指導者が必要となっていました。名良橋さんは、将来的には指導者を考えていると言いました。ただ、指導者としての経験はありません。まずはうちのチームで一緒に身体を動かしながらやってみたらどうでしょうかと誘ったのです。

彼と一緒にボールを蹴った時、サイドバックとしてオーパラップするタイミングが絶妙でした。サイドバックをやりたいという子供たちに是非、教えて欲しいと思ったのです。

僕が名良橋さんを誘おうと思ったのは、プロでの実績、技術だけではありません。一緒に食事をした時に、現役を引退した後も、癖なのでしょう、未だに食事をコントロールしていました。

恐らく彼は、そうしたプロとしての心がけを、ジョルジーニョ、あるいはジーコから教わってきました。今度は、それをフェリーチェの子供たちに伝えて欲しい、そう思っているのです。

名良橋コーチが、青山と新浦安に現れるのは、来月5日から。楽しみにしていてください。

2008年4月


▲PAGE TOP


FELICE(フェリーチェ)サッカースクール&F.C.   ターキッシュエアライン   adidas アディダス   財団法人 日本サッカー協会   JリーグOB会   一般財団法人 TAKE ACTION FOUNDATION
Copyright (C) 2005-2014 サッカースクール&イベントコーディネート FELICE All Right Reserved.