松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

秋田豊さん

第22回 秋田豊さん

今回は、先日引退したばかりの秋田豊さんの話をしましょう。

秋田さんは、京都サンガFCや名古屋グランパスエイトでプレーをしましたが、印象が強いのは鹿島アントラーズ時代でしょう。

本田泰人さんの回でも書いたのですが、現役時代、鹿島で試合をするのは特別な感覚がありました。鹿島のスタジアムは、観客席と近く、熱狂的な応援で圧迫感があったのです。鹿島との試合はいつも厳しいものになりました。

特に、センターバックの秋田さん。

彼は身長179センチとそれほど大きくないんですが、圧倒的にヘディングが強い。ハイボールを放り込む時は、彼を避けろという指示が出たこともあった程です。

観客席やテレビでは聞こえないとは思いますが、秋田さんがヘディングをする時「どうだ」と大声で叫ぶことがあり、強い気持ちを感じました。

そんな秋田さんと親しく話をするようになったのは、B級ライセンスの指導者講習会で一緒になってからです。名古屋や京都でプレーしている時も連絡を取り合っていました。

京都の時に、テレビの試合解説で試合を見に行ったことがあります。

一緒に組んでいたブラジル人選手がラインを深くととっており、秋田さんがやりにくそうだったことを覚えています。

さすがだと思ったのは、そんな中でも秋田さんが守備の綻びを自然と修正していたことです。ジーコから教わったことが、秋田さんの血となり肉となっているのだとつくづく思いました。

秋田さんはディフェンダーとして、足が速いわけでも、足元の技術が高い訳でもありません。それでも常勝チーム、あるいは代表で中心選手になれたのは、ジーコなどいい指導者に恵まれたこと、そして彼らの指導を素直に受け入れて、真面目に努力したことでしょう。

秋田さんは昨季で現役引退をして、京都のコーチに就任しました。恐らく近い将来、Jリーグの監督に就任することでしょう。秋田さんがどんなチームを作るのだろうと、僕は楽しみにしているのです。

2008年5月


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