松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

遠藤彰弘さん

第35回 遠藤彰弘さん

今から13年前。
アトランタ五輪でブラジル代表に勝った時、僕たちはどんな相手と戦っても勝てるような気がしていました。
その時のメンバーにはヒデ(中田英寿)、ゾノ(前園真聖)、(川口)能活たちがいました。
そのチームで「10番」をつけていたのが、アキこと遠藤彰弘でした。
ガンバ大阪の日本代表MF遠藤保仁の兄。そう説明した方が、最近では分かりやすいかもしれません。
アキは三兄弟の次男、保仁は三男でした。

─俺たちって最初に会ったのはいつだっけ?
「20歳ぐらいだったかな。初めて会った時、すごいコワイ人だという印象があったのを覚えているよ」

─鹿児島では「遠藤三兄弟」はサッカーが上手いと有名だったらしいんだけれど、一番上手かったのは誰?
「一番上の兄(拓哉)だね。テクニックも運動量もあったし、点も取ることができた」

─でも、プロになったのはアキと保仁。アキは日本代表候補には選ばれたけれど、日本代表になれなかった。結果的に一番下の保仁が一番成功したけど、兄から見て弟はどこがいいのだろう?
「自分のリズムやスタイルを変えない選手だね。次にどうしたプレーをするのか、ぎりぎりまで判断を待てるところがいいと思うね」

─弟は、ゆっくりとしたボールでPKを決める「コロコロPK」で有名だけれど、アキも出来るの?
「出来ない(笑い)。兄も出来ないし、やらないと思う。あいつだけだね、出来るのは」

─ところで、その弟が中心選手の岡田日本代表はどんな風に見ている?
「いい方向には向かっていると思う。メンバー選出の傾向を見ても、日本人の出来るサッカーの特徴を生かしている。でも、岡田さんが言っているW杯ベスト4は、個々の力をもう1ランクか2ランク上げないと無理だろうね」

─具体的には?
「シュートだね。フィニッシュの精度がまだ足りない」

─弟からプレーについて相談されたりする?
「まったくない。相談されてもアドバイス出来ないね。だって、弟の方が全然上に行っちゃったからね(笑い)」

─俊輔がスコットランドからスペインに移籍したけど、保仁も海外移籍の可能性はあるの?
「ないと思う。あるとすれば、南アW杯の後じゃないかな」

「サッカーに恩返しをしたい。」
そう話すアキは、僕の主宰しているサッカースクールで時々コーチをやってくれています。
07年までヴィッセル神戸で現役だったので技術に衰えはありません。
いずれはコロコロPKのコツを保仁から学び、子どもたちに教えてもらおうと思っています。

このコラムは、7月27日発行の日刊ゲンダイに掲載されました。

2009年7月


▲PAGE TOP


FELICE(フェリーチェ)サッカースクール&F.C.   ターキッシュエアライン   adidas アディダス   財団法人 日本サッカー協会   JリーグOB会   一般財団法人 TAKE ACTION FOUNDATION
Copyright (C) 2005-2014 サッカースクール&イベントコーディネート FELICE All Right Reserved.