松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

ディエゴ・マラドーナさん

第55回 ディエゴ・マラドーナさん

皆さん、新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い申し上げます。

2010年は、やはりワールドカップ南アフリカ大会での日本代表の活躍が最も記憶に残りましたね。
また、新しいところではU-21日本代表が中国で行われたアジア大会で男子・女子共に優勝しました。
今年は日本代表がコパ・アメリカに参加することも決まり、日本サッカーの更なる飛躍に期待しています。

さて、今回のサッカー人は、『アルゼンチンの英雄』ことディエゴ・マラドーナです。
とにかくその凄まじいプレーは観る者を魅了しました。
“天才”という言葉がありますが、“天才”よりもはるか上をいくような選手でした。

僕が最も記憶に残っているものといえば、1986年のワールドカップメキシコ大会。
バルダーノ、ブルチャガ、ルジェリなど、そうそうたるメンバーを揃えて決勝で西ドイツを倒して優勝しました。
その中でもマラドーナは別格でした。

準々決勝のイングランド戦では「フォークランド紛争」「66年大会:ウェンブレーの陰謀」など政治的な問題も含め、両国の間では様々な問題を抱えていました。
そんな中で『神の手ゴール(la mano de dios)』や『5人抜き』というプレーを見せたマラドーナは、やはり“何か”を持っていたのでしょう。

僕はテレビで見てたけど、実況の山本浩さん(NHK)の実況も印象に残りました。
マラドーナが『5人抜き』を見せたときに、海外のサッカー中継のように「マラドーナ!マラドーナ!」と名前を連呼していました。
次の日、友だちを集めてみんなで5人抜きの再現を練習しましたが、右利きの僕がマラドーナのように左足でやるわけですから失敗もあります。
もし途中で取られてしまったら、その時はもちろん最初からやり直しでした(笑)

アステカスタジアムで行われた決勝の西ドイツ戦では2点リードの状況から同点に追いつかれたものの、最後にブルチャガが決めてアルゼンチンが優勝しました。
その決勝点のアシストはマラドーナのセンターライン後方からのワンタッチプレーで、今でも手にとるようによく覚えています。
マラドーナは夢にも出てくる憧れの選手で、そんな僕を見て父がマラドーナの本を買ってくれました。
小学生の僕には少し難しい内容でしたが、マラドーナが大好きで何度も何度も読み返しました。

僕の兄がアルゼンチンに留学していたのですが、兄からの手紙や電話ではマラドーナと関わった人の話がよくあり、興奮したことを覚えています。

しかし、更に凄い出来事があったのです。
僕はウルグアイと日本で結婚式を、2度行っています。
自分のプロサッカー選手生活のスタートであり、多くの友人がいるウルグアイで結婚式を挙げたいと思い、ウルグアイのモンテビデオで行いました。
そのウルグアイのモンテビデオにいた時です。
当時のエージェントから「マラドーナに会えるよ」と言われました。
僕は驚きながらもワクワクした気持ちになりました。
なんと、ウルグアイで行われたサッカー大会にマラドーナが招待されていて、その時期にたまウルグアイにいたのです。

僕のためにウルグアイまで来てくれた山本昌邦さんと僕の妻とプンタ・デル・エステ(南米で有名なリゾート地)のホテルの一室で待ち合わせをしました。
しかし、約束の時間から1時間経ってもなかなか現れませんでした。
僕は山本さんや僕の妻とみんなでドキドキしながら待っていました。
すると、最初にマラドーナの付き人がやってきて、ベランダやカーテンなど室内を隅々までチェックしていきました。
その後、マラドーナがたくさんの人々を連れて部屋に入ってきましたが、彼を囲む人たちは皆、優しい人でした。
マラドーナはプーマのウェアにサンダルというラフなファッションだったけど、そのオーラはとてつもなかったです。

マラドーナとはスペイン語で会話をしたが、緊張して頭の中は真っ白でした。
一緒に写真を撮る時に、少し後ろに下がろうとして彼の足を踏んでしまいました。
あれだけのスーパースターの足を踏んでしまったのですから、大変なことです。
だけど、マラドーナは全く怒ることなどなく、気さくに、「気にしないでいいよ」と優しく声をかけてくれました。

マラドーナが部屋を出ると、緊張感から開放されました。
短い時間ではあったけど、とても貴重な経験が出来ました。

窓から顔を出して外を見ると、マラドーナがプールに入っていくのが見えました。
彼の周りでは多くの人たちがその様子を見て騒いでいました。
サッカーだけではなくプライベートでも常に周りに騒がれていたので、少し気の毒に思いました。

マラドーナはワールドカップ南アフリカ大会にはアルゼンチン代表監督として出場しました。
今までであれば早々に南米予選を突破していたのですが、今回はなかなか結果が出ず、本当にギリギリの戦いでした。
それでも最後にはワールドカップ出場を決めました。
その相手と場所は僕のプロデビューの地、結婚式を行った思い出の場所、僕の大好きなウルグアイ。
これもきっと何かの運命だったのかもしれません。

僕にとってマラドーナは「サッカーを好きにさせてくれた人」。
彼がいたからこそ僕はサッカーの虜になりました。
是非、もう一度マラドーナに会ってみたいです。
もちろん今度は緊張して頭の中が真っ白になるようなことはないようにして、いろいろ聞いてみたいです。

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