松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

納谷宣雄さん

第68回 納谷宣雄さん

今回のサッカー人は三浦知良選手(カズさん)と泰年さん(ヤスさん)の父である納谷宣雄さんです。

宣雄さんは日本人がブラジルに行くルーツを作った人物。俺も小さいころから知っていた。
今でもブラジルのサッカーには精通しているし、日本のサッカー界の発展には間違いなく一役買っている。

2004年の秋、沖縄かりゆしFCでいろいろあって退団した時に俺たち選手の面倒を見てくれたのは宣雄さんだった。
その時、かりゆしFCの多くの選手が静岡FCに移った。
選手としてJFLに昇格するための入替戦に出場したんだけど、残念ながら上に進むことができなかった。

2005年に選手を引退した俺に「お前、監督やってみないか?」と言ってくれたのが宣雄さんだった。
この言葉が俺が引退するキッカケとなった。
俺がいきなり監督というのは少しビックリしたけど、チャンスをくれた宣雄さんの言葉は心に響いた。
少し悩んだこともあったけど、宣雄さんの言葉は俺の背中を強く押してくれた。

そして今、俺は東京でFELICEサッカースクールを立ち上げ全国で活動している。
これもまだ仕事がなかった頃に自宅がある千葉の稲毛海岸から静岡の藤枝まで、毎朝一番の新幹線に乗り、夕方には東京に戻り子どもたちの指導をする。
雨や雪が降っても一年間毎日やり通し、サッカースクールの指導者として携われたのが糧となっている。
いつも宣雄さんの所に行くと、椅子にどっしりと座って「おう、よく来たな!どうだ?」と言って迎えてくれた。
サッカー以外にも人生という面でたくさん勉強することが多かった。
世の中は白と黒だけでなく、グレーの部分が多い。
そのグレーの部分が成功するために大切ということも教えてくれた。
それから、選手の頃にも嫌な思いをしたことがあった。同じ選手にだまされて、失うものもあった。
宣雄さんは、それまで多くの付き合いがあったわけではないのに、こんな俺に手を差し伸べて助けてくれた。
宣雄さんは俺にいろんな環境を与えてくれたり、物事の道理を教えてくれた。
宣雄さんと関わってきたことが今の自分の力、そして自信になっていると言っても過言ではないし、本当に宣雄さんには感謝してもしきれないくらい。

宣雄さんは過去に2度、命を失いそうになっている。
成功確率が25パーセントを切るような手術。それでも宣雄さんは乗り越えてきた。
人生そのものが豪快だから、危険なこともあったと思う。
でもそれをクリアしているのだから宣雄さんは凄いよ。
宣雄さんの尊敬するところは言ったことを必ずやってくれる。
無理なお願いを受けることもあるんだけど、期待に応えてくるんだよね。
それに周りの面倒をすごくよく見てくれる。
だから周りの人はみんな宣雄さんが大好きなんだと思う。

1月16日に宣雄さんの70歳になる誕生日パーティーに行ってきた。
もちろんカズさんやヤスさんはもちろん、北澤さんなどたくさんの人が出席して、盛大なパーティーだった。
宣雄さんは嬉しかったこととして『カズさんを20歳でブラジルでプロ契約させたこと』『カズさんとヤスさんを日本代表にしたこと』を挙げていた。
次の目標は『100歳まで生きる』ということらしいけど、宣雄さんなら絶対に可能だと思うね。

2014年にはワールドカップがブラジルで開催される。
宣雄さんは日本のサッカー界のためにもきっと何かやってくれる。
俺も微力ではあるけれど、出来ることがあれば力になっていきたい。

宣雄さん!これからもアドバイスください。
それから、体調にはくれぐれも気をつけてくださいね。
また静岡に行きます!

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