松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

グスタボ・ニキティウクさん

第72回 グスタボ・ニキティウクさん

今回のサッカー人はサッカー界でエージェント(代理人)の仕事をしており、20年来のアミーゴであるグスタボ・ニキティウクさんです。

ニキとの付き合いは自分がペニャロール(ウルグアイ1部)に最初に行ったときに始まった。
当時はまだスペイン語が話せなかった俺に、ニキはとてもフレンドリーにしてくれた。
ニキは元U-17ウルグアイ代表で、ダヌービオ(ウルグアイ1部)ではレコバ(元ウルグアイ代表)と一緒だった。
ウルグアイは約330万人の人口。静岡県とあまり変わらない。
人々は温かく接してくれて、とてもフレンドリーなところ。
ダヌービオには当時、三菱(現在の浦和レッズ)から練習生が来ていたので、日本人には慣れていたみたい。
ニキはたまに家に呼んでくれたりもしたけど、すぐに別のチームに移籍してしまった。
ウルグアイは本当に選手の入れ替わりが激しかった。
練習生もよく来ていて、良い選手は即契約、認められない選手は出ていく。
それの繰り返しだった。こんなのプロでは当たり前なんだけどね。

俺が日本に帰国してからもニキから連絡が来ることは続いていたけど、俺もまだスペイン語が得意ではなかったから俺から連絡することはなかったかな。
でもジュビロにいたドゥンガがポルトニョール(スペイン語とポルトガル語を混ぜた言葉)を話していたこともあって、少しずつ言葉を理解出来るようになった。
この時、言葉の重要性をすごく感じた。「世界の選手はいくつかの言葉が話せるんだ」ってね。

俺がクロアチアでプレーしていた時に、ニキがイタリアのエンポリにテストを受けにきた。
俺はニキに会うために車でイタリアまで行って、そのままクロアチアに連れてきて、海に行ったり、歴史的な建造物を見たりと、いろいろ楽しい時を過ごした。
本当は女性と行ったらオシャレなんだけどね。

ニキの両親はブラジルに住んでいて、彼も小さい頃はブラジルに住んでいたので、ポルトガル語も堪能。
だけど「ブラジルよりもウルグアイの方が住みやすい」らしく、今でもウルグアイに住んでいる。
南米には珍しい豪華な住宅街に住んでいて、家もかなり大きかった。
ニキの子どものルーカス(15歳)とラーラ(12歳)も小さい頃から知っている。もう大きくなったけど、本当に可愛い。
ウルグアイでは俺が彼の家に泊まりに行ってお世話になっているから、ニキには「子どもを日本に留学させなよ。うちから通えばいいよ。」と言っている。それくらい本当に仲が良い。

2008年に『TAKE ACTION +1FOOT BALL MATCH』に出場するためにパオロ・モンテーロが来日してくれたんだけど、これはヒデ(中田英寿)が「良香、いい選手を知っていたら連れて来ていいよ」と言ってくれたので、ニキに相談したんだ。
そこで「パオロを呼ぼう」という話になった。それにしてもパオロと共に来日したニキを見た時には驚いたよ。
選手の頃とは違って着ている服も、雰囲気も変わっていた。
大人らしくなったというと失礼かもしれないけど、10年も会っていなかったからその違いには驚かされた。
しばらく顔を見なかった間に、ニキはエージェントになり、ライセンスも取得していろんな経験もしてきた。
そんなニキの話を聞いて、俺もすごく刺激を受けた。俺も現役を退いて社会人になったばかりで初めて経験することもあった。
例えば満員の電車やバスに乗っているということも。それをニキに話すと「良香、そんなことまでやっているのか!」と驚いていた。
選手時代の俺じゃあり得なかったからね。

2010年、指導者S級ライセンスを取得するための海外研修でウルグアイに行った。
約2週間の滞在期間中、彼も忙しい中でいろいろ俺の面倒を見てくれた。
そこで驚いたのは、現地のクラブの見学に行くと「あなた誰ですか」と素っ気ない感じだったのに、ニキが行くと「あ!グスタボさん!」と態度が変わったりもした。
彼の家でもサッカーの話は尽きなかったね。
「どんなに良い監督でも、コーチや通訳を経験している」「スアレスをフローニンゲン(オランダ1部)に移籍させたんだ」「スカウトにとって人を見る目は本当に重要だ」そして何度も言われたのが「エージェントになれよ」って。
彼はウルグアイのA代表や年代別の選手だけでなく、パラグアイやチリの選手もいて、エージェントとしての輪を広げていった。
だけど俺はFELICEという会社もあるし、エージェントよりも自分の力が発揮出来る場所があるかもしれない。それをニキに理解してもらった。
でも会社としてエージェントの可能性も今後はあるかもね。
でもニキは「もし良香が日本にメッシを連れて来たらどうだ?絶対にみんな喜ぶよね。
Jリーグがスタートして、ジーコをはじめドゥンガやストイコビッチという世界のスターが日本のサッカー発展のためいろいろ貢献してくれた。そういったことも出来るんだ。」と言っていた。
俺もその考え方には共感した。

今年5月上旬にポルトガルへ視察に行ったときにホテルで同部屋になったけど、常に誰かと電話で話していて、本当に忙しそうだった。
すごくインテリジェントだし、アグレッシブに動く。昼はポルトにいるかと思えば夜はリスボンにいたり、いきなり1200q離れたフランスにいることもあった。
でもそれだけサッカーに対して情熱を持っているから成功しているんだよね。
夏に暁星国際学園で行う大会の話をしたが、そこにはパオロも来てくれるようになったし、ニキの力もすごく大きい。こうやって一緒に仕事が出来るのは本当に幸せ。
国は違うけど、これからも一緒にサッカー文化を構築していきたいし、世界でサッカーの素晴らしさを伝えていきたい。
友達って最高だよね!これからも宜しく!

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