松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

佐藤勇選手

第73回 佐藤勇選手

今回のサッカー人は、先日Jリーグ300試合出場を果たしたジェフユナイテッド千葉の佐藤勇人選手です。

俺がジェフユナイテッド市原でプレーした1997年。当時は高校1年生の勇人はジェフユースに所属していた。
トップの指揮を執っていたヤン・フェルシュライエン監督はユース年代の強化にも力を入れており、若い選手をトップのトレーニングに積極的に参加させていた。
そこには阿部勇樹や酒井友之、勇人の双子の弟の佐藤寿人もいた。
しかし、高校1年生ということもあって、トップの選手に比べると技術的な部分はまだまだだった。
それが一番最初の印象だった。

でもそれから数年後にはトップに昇格してレギュラーに定着したし、オシム監督が就任してからはチームの中心選手として本当に輝いていた。
羽生直剛らと共にオシム監督のサッカーの申し子ともいえる存在で、ユースの頃を考えると本当に驚いた。
オシム監督が日本代表の監督に就任してからは何度か代表にも召集された。
アジアカップでは寿人と共に兄弟で同時にピッチに立つという日本サッカーでも初めての出来事もあった。
オシム監督が退任してからは代表にも呼ばれなくなってしまったけど、この経験は本当に大きいと思う。

勇人と久しぶりに会ったのは、俺がS級ライセンスの国内研修でジェフにお世話になった時。
練習でもチーム内での存在感は圧倒的で、ボールを奪う能力が高いし、勇気を持って攻撃参加をするのは練習中からも感じ取れた。
研修の最後に勇人と食事の約束をしたけど、なかなか日程が合わず実現しなかった。

約束から2年経ち、先日ようやく食事をする機会が出来た。
いろんな話をする中で、勇人もこの先のことも考えているようだった。
「英語を話せるようになりたい」「チャンスがあれば海外で生活してみたい」という話をしていた。
それはとても良い考えだと思うし、そのためにはどうすれば良いかということも考えていくだろう。
寿人とは毎年、共同でキャンプを行っているみたいだけど、「ブラジルでやってみたい」という話もしていた。
俺もブラジルで研修したこともあるし、二人のために何か協力出来ることがあればしてあげたい。
引退する前と引退してからでは人の見る目も変わってくる。
今のうちから人脈を広げて、自分のブランド力というのを活かしてほしい。
今のうちから様々なことを心掛けていれば絶対に今後の可能性が広がるだろう。

純粋に「サッカーが好き」という匂いを感じたけど、食事をした時は膝の怪我もあり、まだ90分ピッチでプレー出来ない辛さもあったと思う。
木山監督たちと相談しながら少しずつ時間を長くしているということだった。
これからは夏の暑さもあるし、リーグ戦も正念場を迎えてくる。
コンディションをしっかり整えて、後半戦もしっかり戦ってほしい。

今年の目標は「J1に昇格すること」と力強く言っていた。ジェフのOBとしては俺も心から願っている。

▲PAGE TOP


FELICE(フェリーチェ)サッカースクール&F.C.   ターキッシュエアライン   adidas アディダス   財団法人 日本サッカー協会   JリーグOB会   一般財団法人 TAKE ACTION FOUNDATION
Copyright (C) 2005-2014 サッカースクール&イベントコーディネート FELICE All Right Reserved.