松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

野々村芳和さん

第74回 野々村芳和さん

今回のサッカー人はサッカー解説者としてもお馴染みの野々村芳和さん(以下、ノノ)です。

2歳年上のノノのことは子どもの頃からよく知っていて、今でも仲良くさせてもらっている。
サッカー処である静岡の清水出身で、ハット(服部年宏選手)の中学の先輩でもある。名門の清水東高校、慶応義塾大学出身と頭が良くて、サッカーでもエリートだった。

ジュビロ磐田のフォワードには中山雅史さんやスキラッチがいて、俺はなかなか出場出来なかったが、1997年にジェフユナイテッド市原に期限付き移籍で加入し、レギュラーとして試合に出た。
中盤の選手として試合に出ていたノノは決して体が強かったり足が速いわけではないけど、ゲームを読む力があるし、本当に頭の良さを感じさせる選手だった。
ピッチの外では当時住んでいた部屋が偶然にもノノのちょうど真上の部屋ということも本当にビックリしたね。
一緒に食事に行くこともあったし、チーム内で宴会部長のような役割をしていた俺にノノはいろいろ協力してくれた。
シーズンの終わりにジェフは残留要請をしてくれたんだけど、俺はジュビロに戻ることになり、一緒にプレーしたのはその1年だけだった。
本当に良きチームメイト、良き先輩であり、すごく良いお付き合いをさせてもらった。
コミュニケーションをとってみんなをまとめることが出来るし、サッカーのことを本当によく知っている。
今までサッカーに関わるいろんな人に会ったけど、ノノは違う感覚をもっているね。

ノノは2000年に岡田武史監督が指揮を執るコンサドーレ札幌に移籍し、J1昇格に大きく貢献した。
翌年もJ1残留を果たしたが、シーズン後に引退し、チームアドバイザーとして札幌に残った。
ピッチを離れてスカウト活動などをして、サッカーに関わる人間としての視野がさらに広がったと思う。
俺が現役を引退する前には解説の仕事を始めたばかりのノノが沖縄にも来てくれたのは嬉しかった。

俺が引退してからは会う機会が増えた。MCとしてのノノと経営者としてのノノ。
ノノが司会の番組に出演したこともある。喋るということは頭を使うことだけど、頭の回転が早い。
知識が豊富だし、言葉の使い方も的確で、話しやすい空間をつくってくれる。
ゆえに、どんなゲストが来ても話が盛り上がる。これはノノの才能だと思う。
今は同じ“経営者”という立場もあり、話をしていると共感・理解できる部分が多くある。お互いにいろいろ相談もするしね。
現役を引退すると“指導者”になる人はたくさんいるけど、“経営者”になった人というのはなかなかいない。
でも経営者がいることによって指導者の生きる場所が増えることだってある。
ノノはその先駆けとして目標とされる存在だと思う。

「最近はメディアもサッカー界を盛り上げようとしている中でいろんなことをしている。でも全てがサッカーのためになっているわけではないので、そういうことはハッキリ言っていきたい。」と言っていた。
芯が通っていて性格がハッキリしているから、誤解されやすい部分もある。
でも良いものは良い、ダメなことはダメと言ってくれるので慕っている人は本当に多い。
指導の現場にも少しは興味があるみたいだけど、やはり外側からしっかり物事を言えるノノのような人材は貴重だね。

ノノ!これからも日本のサッカーが良くなるように一緒にいろいろやっていこう!

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