松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

坂本絋司さん

第77回 坂本絋司さん

毎年この時期になると、いつもワクワクする。Jリーグの開幕が近づいてくるからだ。
選手たちも同じような気持ちだろう。前年の成績を上回ろうとの意欲に満ちた選手がいて、レギュラー獲得に燃える選手がいて、新天地での活躍を期す選手がいる。
それから、セカンドキャリアへ踏み出す元選手も。
昨シーズン限りで現役を退いた坂本絋司も、湘南ベルマーレのフロントとして2013年のシーズンを迎えている。

コウジとの最初の接点は、僕がジュビロ磐田に在籍した1998年だった。ジェフ市原から移籍してきた僕は、プロ2年目のコウジと出会った。
選手としての彼については、プロ入り前から知っていた。静岡学園高校の出身で、冬の高校選手権でも活躍したセンターフォワードだったからね。滋賀県から越境入学してきて、テクニックに溢れた選手が揃う“静学”らしい選手だった。
当時の彼は、ジュビロの寮に住んでいた。寮がクラブハウスの機能を兼ね備えていたこともあって、僕ら選手はひんぱんに寮に足を運んでいた。
コウジの部屋は、選手たちの溜まり場みたいになっていた。名波浩さんや奥大介、それに僕とかがいつも押しかけて、みんなでサッカーゲームをやったものだった。
コウジはいつも、にこやかな笑顔で僕らを迎えてくれた。あらかじめゲームの準備をしてくれていて。すごく居心地がいいものだから、僕らも冷蔵庫に自分の飲み物をキープしたり。自分の部屋にいるみたいにリラックスできたし、いつも人が集まる部屋だった。それって、彼の人柄によるものだよね。

98年シーズン限りで僕はジュビロを離れたけれど、2000年にまたコウジとチームメイトになった。今度はJ2の湘南ベルマーレだ。
コウジは移籍1年目で、出場機会に恵まれずに苦しんでいた。そういう状況でも、周りへの気遣いができるヤツだった。僕も嬉しい言葉をもらった。
「ヨシカさん、プレースタイルが変わりましたね。ジュビロで一緒だった当時と違います」と言ってくれた。自分の変化を客観的に評価してもらえたようで、いまでも胸に刻まれている言葉なんだ。

ベルマーレで試合に出るようになったのは、翌2001年からだった。ボランチや2列目、サイドアタッカーなどでも活躍した。ユーティリティ性に富んでいて技術が高いから、どんな役割も高水準にこなすことができたんだ。
積み上げていった経験が、ふたつの特徴をさらに際立たせたと思う。足が遅いという欠点も、圧倒的な運動量でカバーしていたね(苦笑)。
それにしても、J1、J2で450試合を超える出場数はすごい。“ミスター・ベルマーレ”と呼ばれるのも納得だ。
ベルマーレで過ごした13年にわたるシーズンで、彼は様々な経験をしてきたと思う。昇格、降格、二度目の昇格といったトップチームの動きはもちろん、クラブそのものについての理解も深めていったはず。「こういうところは直していったほうがいい」というアイディアも、きっと浮かんでいると思う。これからも“ミスター・ベルマーレ”として、クラブのために力を尽くしてほしいね。

スポーツライター 戸塚啓


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