松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

鈴木秀人さん

第79回 鈴木秀人さん

今回のサッカー人は、現在ジュビロ磐田のユース監督の鈴木秀人君です。
同じ浜松出身で、小学校の5年生の時、学校は別でしたが浜松JFCという市の選抜チームで一緒になった時からの付き合いです。

秀人とはその後、中学校の選抜チームでも一緒で、高校は僕は清水市に行き、秀人は浜松に残ったので別々になった。
高校の時、秀人は市選抜には選ばれたことはあったんだけど県選抜に選ばれることはなかった。
ところが高校を卒業して僕がウルグアイに行った後、秀人がジュビロに入団したと聞いて驚いた。
県選抜に入ることがなかった選手がジュビロに入ることができたということは、きっと相当努力してきたのだろうと思ったことを覚えているよ。

入団後、最初はサテライトにいたんだけど、そこから数年でぐんぐん成長して、あれよあれよという間にディフェンダーとしてオリンピック代表のレギュラーに選ばれるほどの選手になっていた。
選手としての苦労も努力も知っているし、大きく成長してブラジル代表のフォワードを抑えて勝利し「マイアミの奇跡」と呼ばれる試合も経験している。
ブラジル代表との試合では、ベベット(ブラジル代表エース)という選手をマンツーマンで見事に抑え、素晴らしい選手であることを証明してみせたんだ。

アジリティの高い選手には基本的に秀人がマークにつくようになり、代表のなかで本当に重要な選手になった。
それからはジュビロでも中心選手となり、強い時期のジュビロを支えるディフェンダーとして活躍した。
選手としても指導者としてもキャリアをずっとジュビロ一本で過ごしてきた彼の姿は、見ていて心からリスペクトできるものだし、小学生時代から知っている同級生としては本当に嬉しいよね。

サッカー選手として、最初から順風満帆に活躍できたわけではなかったけど、努力を重ね、自分のプレーの特長である「速さ」に磨きをかけて、オリンピック代表にまでなった。
秀人はとにかくアジリティの高い選手で、それに加えて負けん気の強さと諦めない性格も持ち合わせていた。
徹底的にボールを追うディフェンダーはフォワードにとってはとても嫌な存在だ。
秀人はもともとフォワードだったが、後にディフェンダーに移行してプロになったから、フォワードが何を嫌がるのかわかっていたのかもしれない。

秀人はサッカーになると感情が表に出るタイプ。
普段はすごく優しくてニコニコしている楽しい人間なのに、サッカーの時だけ熱くなる。
それでイエローカードやレッドカードをもらうこともあったけど、熱くなるタイプということは、それだけ情熱的ということだよね。
まだ残念ながら機会がなくて秀人が指導している姿を見たことはないけど、情熱を持った秀人がどういう指導者になるのか、とても楽しみにしている。

指導者となった秀人は、これからジュビロのトップチームの監督という目標に向かって道を歩いていくことになるだろう。
彼ならそれに必要な能力も可能性も充分に持っていると思うから、ユースの監督としての実績をしっかり上げて、将来、ジュビロ磐田の監督になってほしい。
選手としても指導者としてもずっと同じチームにいるというキャリアはめずらしいし、そういう意味でもファンにもとても愛されている人間だから、是非、ジュビロで選手としても監督としても成功する、という姿を見たい。

今でも連絡は取り合っていて、秀人から「暁星国際の高校生と練習試合をやろう」とか「静岡まで遠征に来ないか」と連絡をくれたりする。
5月23日に行われた藤田俊哉さんの送別試合でも一緒にプレーしたり、その前はNHKの番組にも一緒に出演させてもらったりと、サッカーを通じての付き合いはずっと続いている。
時間があればまたゆっくり食事にでも行きたいんだけど、今は東京と静岡で離れているし、お互い忙しくもあるからあまり時間がとれない。
でもそれは、お互いにそれぞれのキャリアを充実させてきたからであって悪いことではないし、秀人とは小さい頃からの気心の知れた仲間だから、離れていても頻繁に会うことはなくても心は通じ合っている。

これからの指導者としての鈴木秀人が本当に楽しみだし、僕も負けないように頑張りたい。

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