松原良香コラム“サッカー人”

松原良香コラム“サッカー人”

ロベルト・バッジオさん

第80回 ロベルト・バッジオさん

今回のサッカー人は、言わずと知れたロベルト・バッジオです。
今さら説明するまでもありませんが、セリエA、そしてイタリア代表で活躍し「イタリアの至宝」と呼ばれた伝説的プレイヤーです。

バッジオは僕が、サッカー選手のなかでいちばん好きだったプレイヤーなんだ。
飼っていた犬にも「バッジオ」という名前をつけるくらい、とにかく大好きだった。
どこが好きかというと、とにかくエロティックなところ。
エロティックというと語弊があるかもしれないけど、プレーも、それから人間としても、真面目なだけじゃなくて「遊び」があるというところかな。

バッジオはファンタジスタと呼ばれていたけど、「ファンタジスタ」という言葉はまさしく彼のためにあると言っていい。
「ファンタジスタ」とは、プレーでファンタジーを創り出す選手のことだから、彼ほどそれがぴったり当てはまるプレイヤーはいないと思う。
プレーでファンタジーを創り出し、観客を興奮させ、感動させる、本当の意味でのスターだった。
ポニーテールに束ねた髪も、ファンタジスタのイメージにマッチしていたよね。
アウン・サン・スー・チーの支援など、ピッチの外での活動も素晴らしかった。
すべての面で、本当に大好きな選手なんだ。

僕がもともとサッカーを観るのが好きだからというのもあるけど、バッジオの試合は移籍するチームを追いかけてずっと観ていた。
バッジオはセリエAのいろんなチームに行ったが、イタリア以外の国でプレーすることはなかった。
最後に行ったチームはブレシアで、グラウディオラと一緒にプレーしていたのもよく観ていたけど、どのチームにでも自分のプレーを変えることはなく、最後までファンタジスタであり続けた。
国民からも世界からも愛されるバッジオのような選手は、本人だけではなく、その選手がいる国もチームも、みんなを幸せにするよね。ああいう色気のあるプレーをする選手が日本にも出てくることを期待している。
もちろんカズさんはそういう存在に近いし、僕はカズさんが持っている色も好きだけど、カズさんはファンタジーというよりもヒストリー。
日本のサッカーの歴史そのものだからね。

94年のワールドカップは、ちょうどドゥンガがジュビロに入るか入らないかくらいの頃だったせいもあって、ひと際注目して観ていたのを覚えている。
だから、もちろんバッジオがPKを外した時も観ていた。
それまでにもバッジオのプレーはビデオだとか録画したもので何度も観ていたし、僕にとっては本当に雲の雲の上の人で、純粋な憧れに近い気持ちで観ていたから、今でも忘れられないシーンだ。

今回、僕はイタリアとの試合(2013年6月に行われたイタリア代表OBとJリーグレジェンドの試合)で、憧れだったバッジオに会って、自分の言葉で話をすることができた。
最初に見たときはもう、興奮や感動というより、単純にびっくりしたというのが近かったかもしれない。
僕はたまに『レオン』とか、ファッション雑誌を見ることがあって、出ている40代くらいの外国人のモデルを見て「ああ、このオヤジ格好いいな」なんて思ったりするんだけど、バッジオはもう、比較にならないね。
もしバッジオがあのモデルと同じ服を着たとしたら、とんでもないことになるなと思うくらい、色気があったよ。
人柄にしても男の色気にしても、本人は狙ってやってるわけではまったくないと思うんだけど、とにかくすごかった。

前日にはレセプションパーティがあったんだけど最初、会場にバッジオはいなくてね。
来ると聞いて期待していたから残念だなと思っていると、しばらくして遅れて現れた。
会場にはバレージとかビエリとか、素晴らしい選手たちが何人もいたんだけど、それでもバッジオが壇上に上がってきた時のあのオーラは圧倒的だった。
会場にいるスター選手たちさえ小粒に見えてしまうような、別格な存在感。
ああ、すごいな、格好いいなって、子供みたいな気持ちになったよ。

しかも、話しかけることができたんだよ。
会場は人が多くてごった返していたけど、嫌な顔ひとつせずに一緒に写真も撮ってくれた。
僕の友達にヨーロッパでエージェントをしているジュリアーノとう友達がいるんだけど「バッジオは友達だ」って言っていて、半信半疑できいてみると本当に友達だという答えが返ってきて、それには驚いたね。
ジュリアーノに「バッジオに電話をしたいから番号を聞いておいてくれ」と言われていたけど、さすがにそれは聞けなかったな。

試合当日は、ピッチでまた話をすることができた。
最初はイタリア語で話しかけてみたんだけど、僕のイタリア語はいい加減なので、バッジオが言うことは何となくわかったものの、自分の言いたいことが上手く言えなかった。
そこでスペイン語に変えたら、バッジオもスペイン語で対応してくれて、いろいろと質問に答えてくれた。
話をしている間も「おお、そうか」とか言って気さくに肩を組んでくれたりして、間近で接してみると、やっぱり人間としての度量が違うというか、またさらにファンになったね。
グリーンともブルーともグレーともつかない独特な色をした目が、とても純粋な印象を受けた。

まさかバッジオとこんなふうに会えるとは思ってないかったし、イタリアと試合できるとも思っていなかった。
でもこれは、自分のひとつのアイデアが実現したと言うことはできると思う。
イタリアと試合をしよう、と僕が言ったわけではないけど、僕はずっとJリーグOB会で、JOBだからこそできることとして「1年に1回、ビッグマッチをやりましょう」と提案してきた。
僕が言い出したこの提案が、今回、イタリアとこうやって試合ができるというかたちで実現したのは、とても嬉しいことだ。
しかも、自分が子供の時から憧れてきた、ロベルト・バッジオと直接話ができて、触れあうことができて、さらに同じフィールドに立って対戦までできたっていうのは、夢が叶ったというか、感慨無量だよね。
子供の頃の自分に「バッジオに会えたぞ、話ができたぞ」と言ってやりたいよ。

こういうことは、もちろん子供の頃の自分にだけではなく、すべての子供たちに伝えたいことだ。
努力して頑張っていれば、いつかは目標にたどり着くことができる。
「成功」という言葉で簡単に片づけるべきではないかもしれないが、努力した先には、嬉しいことや楽しいことが待ってる、「Keep going」だということは伝えていかないとね。
続けること、努力すること、というのは陳腐なことメッセージに聞こえるかもしれないけど、やっぱりとても大事なメッセージだから。

僕がまだ現役の時にマラドーナに会わせてもらったことがあって、その時も嬉しかったけど、 バッジオとの対面は、現役の選手同士というかたちではなかったからこそ、もっと重みがあったと思う。
会った時のことは、今でも細かいところまで鮮明に思い出すことができるよ。
自分とバッジオが一緒の場所、一緒の時間にいられたというのは、本当に、本当に、嬉しかった。またいつか、仕事か何かでまた会えたらいいなと思う。
そのためにもずっと努力を続けていく、頑張っていく。
そうすればまたきっとチャンスは巡ってくるだろうし、バッジオとは是非、再会したいね。

▲PAGE TOP


FELICE(フェリーチェ)サッカースクール&F.C.   ターキッシュエアライン   adidas アディダス   財団法人 日本サッカー協会   JリーグOB会   一般財団法人 TAKE ACTION FOUNDATION
Copyright (C) 2005-2014 サッカースクール&イベントコーディネート FELICE All Right Reserved.