松原良香コラム“サッカー人”

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特別編 No.1 ブラジル遠征

特別編 No.1 ブラジル遠征

3月20日から約2週間、フェリーチェとして、初めてブラジル遠征を行いました。今回は特別編として、そのことを書きましょう。

僕が初めてブラジルに行ったのは、高校二年の終わり、春休みのことでした。静岡県選抜の一員として、ブラジルの地を踏みました。

この時のことを僕は今でも強烈に覚えています。

サンパウロFCの本拠地であるモルンビー・スタジアムで、当時行われていたサンパウロ州選手権の人気カードの一つ、サンパウロFC対コリンチャンスの前座試合として、サンパウロFCのユースと試合をする機会に恵まれたのです。

スタジアムまでは、警官のオートバイが僕たちのバスを先導してくれました。スタジアムの周りには、馬に乗った騎馬警官が巡回していたことを覚えています。とにかく大きなスタジアムでした。僕たちが試合を始めた時は、客はまばらだったのですが、終わりに近づくと、客が増え、歓声も上がるようになりました。結果は、はっきりとは覚えていませんが、確か引き分けだったと思います。

ブラジルのスタジアムは芝が長く、踏ん張りが効かないので、ボールコントロールが非常に難しい。こうしたところでプレーしているのでブラジル人選手は上手いのだとつくづく思いました。

僕たちは試合が終わった後、試合を観戦しました。コリンチャンスには、ビオラという左利きのフォワードがいました。身体が大きいのに足元の技術がしっかりしている。こんな選手がブラジルには沢山いるのだと、ブラジルがサッカーの王国であることが良く分かりました。

今回、フェリーチェの遠征を考えた時、僕は迷わずブラジルを目的地に選びました。僕と同じように、ブラジルの凄さを体験して欲しいと思ったのです。どうしてもこだわったのは、プロの前座試合に出ることでした。サンパウロ州選手権のパウリスタFCの試合前に、下部組織と練習試合をすることができました。この思い出は、これからの人生にきっと役に立つと僕は信じています。

今回は充実した遠征でしたが、やり残したことが一つありました。僕はブラジルの貧しい面を見せたいと思っていたのですが、安全面を考えて断念しました。ブラジルのサッカーの強さは、貧しさと表裏一体です。彼らは子供の時から、お金を稼ぐために、プロサッカー選手になりたいと努力します。プロ契約を結ぶことは、親の生活を楽にすることができるからです。僕が知っているブラジル人選手には、親を幸せにしたいと口にする選手が沢山いました。日本で生きている自分たちはどれほど恵まれているのか。そのことを知って欲しいと思ったのです。これは次回への課題だと考えています。

2007年3月


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