松原良香コラム mano a mano
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松原良香コラム mano a mano

松原良香コラム mano a mano

第9回 川合レオさんA

川合レオさん
ラグビー指導者の川合さんとの対談第2回は、川合さんのビジョンについてお聞きしました。ラグビーという競技を愛する者として、自分と同じ指導者として、共感や納得できる部分がたくさんありました。

松原 川合さんの世代は元選手の8割が企業へ戻るということでしたが、ご自身はどうだったのですか?

川合 私は30歳で引退して、親会社のNECへ勤務しました。半年ほど経ったときに、母校の玉川大学から「教師として戻ってこないか」と誘いを受けたのです。ウチの学校は、ラグビーの強豪ではありません。ラグビー業界で肩書のある人間が私しかいなかったこともって、声をかけてもらえたのでしょうね。それで、会社を辞めて教員になりました。

松原 その後は去年まで大学で働いていたと?

川合 そうです。7年間、大学教員をしながら、ラグビー部の指導をしていました。また、玉川大学は付属校なので、小学校から大学までのラグビー部も教えていました。NECや日本代表での経験がありますから、高校、大学の選手の指導法は最初から思い描くことができました。でも、小中学生にどのように教えたらいいのかは、分かりませんでした。これは勉強しなきゃダメだと思って、筑波大学の大学院で研究をしました。子どもたちのモチベーションをどうやって喚起させるか、どんな練習がいいのかといったことを研究して、論文を作成しました。

松原 大学院で研究しようと考えたところがすごい! そんなふうに思い至る人は、なかなかいないんじゃないですか?

川合 本当に、どう教えたら良いのかわからなったこともありましたし、自分が経験してきたラグビーを学術的に整理したいという気持ちがあったので。ただ、小中学生のチームには、顧問の先生がいらっしゃるので、大学院で学んだことを、すべて、実践することは、母校と言えども、できませんでした。それならば、自分が研究してきたことを実践する場を作ろうと思い、NPO法人をはじめました。

松原 NPO法人の立ち上げ当初は、大学の講師と兼業だったわけですか?

川合 当初はそうですね。

松原 何と言うか、ものすごく素晴らしい出来事が続いているように感じます。失礼ですけど、すごく幸運と言いますか。

川合 そうですね。自分でも、今のところ運が良いと思います。そのとき、そのときは、長期的なビジョンがあって何かをしているわけではなくて、NPO法人を始めたら、自分が思っていたよりも大きな反響があって、自分でも賭けたい気持ちか芽生えたので大学を辞めて、一本で行くことに決めました。そうしたら、ラグビー協会さんから、ジュニアジャパンのコーチのお話をいただいて。結果的に、たまたま、人生が動いている感じです。
松原 うまくいっている要因を自己分析すると?

川合 今のところ、上手く流れていますが、常に怖さはあります・・・。ただ、今のところ、NPO法人が上手くいっているのは、ただ何かイベントをやりたくて、NPO法人を立ち上げたわけではなく、自分はこういう指導をしたい、ラグビーを通してこういうことを伝えたいという芯が、はじめる前から固まっていたからではないかと思います。そこに共感してくれる人たちがいるから、成り立っているのかなと思っています。その芯を明確に伝えて、その芯を、ブレないようにしていて。それがあるから、いまがあるのかなと。その他の人生の流れは、人との出会いに運があるのかなと思います。その点は、その時、その時に、声をかけて下さる方々に感謝しています。

松原 指導の芯を具体的に説明すると?

川合 子どもたちには、継続してラクビーが好きになってほしい。とにかく大好きになってほしい、という思いが強いですね。うまくなりたい、自分のプレーを向上させたいという内発的なモチベーションを持てるようになれば、どんな環境でも自分を成長させる子どもになっていくでしょう。そうなるための声がけとか練習の組み立ては、つねに考えています。やがてはラグビー選手を引退するでしょうから、ラグビーで培った人間性をセカンドライフで生かせるような指導も、散りばめていきたい。それが僕の柱ですね。

松原 ラグビーを30歳まで続けて、川合さんが一番学んだものは何ですか?

川合 ……一番学んだことですか……色々あるけれど、ラグビーだけで学んだことはないなという気がします。人生の大半をラグビーに費やしてきましたが、常に家族との時間、ラグビー以外での友達との時間もあり、そのなかにラグビーがありました。ラグビーだけでこれを学んだというのは、言われるとピンとこないというか……。

松原 ラグビーは人生の一部だ、ということですね。

川合 そうですね。たまに僕自身、ラグビーが本当に好きなのか不安に思うこともあるのです。僕の人生はラグビーで成り立っているけれど、震災などのニュースや、社会で起きている悲しい出来事を見たり聞いたり、グランドで子どもたちに指導したりしていると、「時には、たかがラグビー」と思う部分も、自分のなかにあったりします。もちろん、「されど、ラグビー」なんですが・・・。だから、ラグビーの競技で学んだことと限定されるとピンとこないんですよね。

松原 僕の質問が良くなかったですね。

川合 いえいえ、そんなことはないです。自分が整理できていないのです。「ラグビーも含めた人生で学んだことは何ですか?」と聞かれたら、答えられます。「人生で努力した時間に無駄な時間はない」と答えます。ラグビーのためにした努力は、ラグビー以外でも使えるし、ラグビー以外でやった努力も、他のことにも、ラグビーにもにも使える。目の前のことを、とにかく100パーセント、真面目にやることが、人生を切り開く為には大切なことではないかと・・・。ラグビーを含んだ人生で学んだことであり、今も自分が大切にしていることです。

松原 なるほど、素晴らしい答えですね。

川合 僕から質問してもいいですか?

松原 もちろんです。

川合 日本のサッカーは、子どもたちの指導指針がとてもしっかりしていますよね?

松原 指導のベクトルを、キチッとしておくのは大事ですよね。日本のサッカーは三位一体で、トップチームとしての日本代表チームの強化、育成システムの充実、指導者育成を掲げているんです。もちろん、まだまだ足りないところはありますが。

川合 でもいま、サッカーは男子も女子もホントに強くなっている。Jリーグができただけじゃなく、協会としての地道な活動があったからではないかと思うのですが?

松原 僕が現役時代に感じたのは、指導者と選手のギャップでした。1990年代当時は、僕ら選手は世界大会に出ているけど、指導者は勉強をしてきただけで世界を知らない、というギャップがあったんです。でも、いまは指導者側も世界大会を経験しているし、選手は当たり前のように国際試合を経験している。それがレベルアップにつながっていますね。本田圭佑や長友佑都といった選手は、「世界一になることが目標だ」と普通に言いますから。

川合 松原さんのお話を聞いていて、ラグビーはまだ外国人指導者に頼っているんだな、と気づかされました。そもそも、日本人指導者で、選手として、世界で成功体験を持っている人が少ない。それもあり、現状は、世界で勝っている外国人指導者を、連れてきているというのが現状です。

松原 サッカーにもそういう時代がありました。ドイツ人のデッドマール・クラマーさんが来日して、指導者や選手の育成に力を注いでくれたことがあります。

川合 それは何年前ですか?

松原 最初に来日したのは東京オリンピックの前ですから、もう50年近く前になりますか……。

川合 なるほど……。日本のラグビーは、いまがそのタイミングなのかもしれません。世界的に有名なエディ・ジョーンズを、代表監督として招いていますので。僕は彼がどういう指導をしているのかを引っ張り出して、下のカテゴリーで教えています。20歳以下とか高校日本代表のチームにも落としていかなきゃいけないんですが、そこまでできていないのが現状かもしれません。

松原 Jリーグのクラブの監督になるには、S級ライセンスを取得しなければいけないんですが、これはかなりの勉強を必要とします。

川合 筑波大学の大学院に在籍していた当時、田嶋幸三先生の授業でライセンス受講生の方々と一緒になったことがあります。武田修宏さん、井原正巳さん、三浦泰年さん、本並健治さんといった皆さんとご一緒しました。サッカーのお話を聞くと、ラグビーの指導者育成はまだまだです。

松原 子どもたちの育成は、環境が大切ですよね。グラウンドなどのハード面が、しっかりしているのか。サッカースクールまで、どれぐらいの時間で通えるのか。ご両親、指導者、サッカー協会、地域の協会といった子どもを取り巻く環境が、非常に大切だと感じます。サッカーが好きだから何事も頑張れる、という子どもに育ってほしいですね。

川合 僕らがやっているラグビースクールのクラスには、電車で1時間かけて通っている子どもがいます。子どもたちが徒歩や自転車で集まれるような環境があったらいいなあ、と思いますね。

松原 環境という面ではラグビーを先行しているかもしれませんが、サッカーだけを見ていると、頭ばかり大きくなってしまいます。色々な経験をして色々なものを体感して、指導に落としていくようにしたい。サッカーが良くなってラグビーも良くなるという感じで、切磋琢磨していきたいですね。

川合 そうですね。ラグビーの環境面についてお話しすると、地域のチームに所属している小中学生は、平日にラグビーをする場所がないのが現状です。そこで、僕らは、小中学生が地域で平日もラグビーができるような新しいラグビー環境作りにチャレンジしています。
ただ、平日の指導は、週末のボラティアの方々の活動とは異なり、スタッフがプロ指導者として経済的に安定して行くことが大切なことになります。サッカーでは、当然のことだと思いますが、ラグビー界で月謝を取ってラグビーをプロ指導者として教えているのは、僕らが日本で初めての活動だと思います。それもあり、当初は、「お金を取るなんて何だ」という意見もありました。我々は、ラグビー界の中での新しい環境を作りというチャレンジと共に、ラグビーに関わって生きて行きたいという人材が経済的にも安定して、ラグビーに関わり続けられるような仕組み作りと、組織作りにもチャレンジしている段階です。良い活動であっても、継続性がある仕組み作りをしていかないと発展して行かないと思いますので。今、私がやっていることは、将来的には、引退した選手がラグビーの指導に関わりながら、人生を歩んでいく、一つのモデルにもなればと思っています。

松原 一回、二回の単発のスクールなら、誰でもできます。継続的にやっていくことが、何よりも大事で。

川合 子どもたちに継続してラグビーを好きになってもらうには、僕らが継続していかないとはじまらないですからね。

松原 今日はどうもありがとうございました。とても参考になりましたし、とても刺激になりました。

川合 こちらこそ、どうもありがとうございました。

スポーツライター 戸塚啓


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